東京地方裁判所 昭和44年(ワ)5885号 判決 1972年10月12日
原告 斎藤幸市
右訴訟代理人弁護士 岩崎千孝
被告 株式会社 全国中小企業会館
右訴訟代理人弁護士 毛利政弘
右同 高野洋一
主文
一、被告は原告に対し、金二四五万一〇〇〇円と、これに対する昭和四四年七月一一日以降右完済に至るまで年一割五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は、原告において金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
主文同旨
二、請求の趣旨に対する答弁
1.原告の請求を棄却する。
2.訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1.原告は被告の代理人である訴外橘善一に対し、昭和四三年八月二六日金五〇〇万円を弁済期同年一一月末日利息八〇万円と約して貸付けた。
2.(一)右橘は、前記契約(以下本契約という)の締結時には被告会社の不動産部長であり、被告会社は本契約締結についての代理権限を右橘に授与していた。
(二)仮に右代理権授与が認められないとしても
(イ)原告は昭和四三年五月頃橘を通じて同人が被告会社不動産部長を命ずる旨の辞令を受けたことを知らされかつ右肩書入りの名刺を示されまた被告会社代表者名による橘の被告会社不動産部長就任の挨拶状を受け、その上被告会社は橘が被告会社ビル内において被告会社不動産部名義で不動産取引業務をなすことを黙認しており、これらによって被告会社は原告を含めて一般に、橘に対し不動産取引に関する包括的代理権を授与した旨を表示しており、橘が被告会社の代理人としてした本契約の締結は右代理権の範囲内の行為である。
(ロ)被告会社は昭和四三年七月頃原告から依頼された大田区南千束所在の土地建物の売却および静岡県下賀茂郡河津町所在の土地約三〇〇坪の買入の仲介について、右橘に対し代理権を授与した。
(ハ)右(イ)の事情に加えて昭和四三年七月頃新聞紙上にも被告会社不動産部の名称で不動産取引の広告が掲載され、しかも原告は、本契約をなすについて、橘から被告会社不動産部が宅地を造成して分譲するため、土地の購入資金が入用であると告げられ、その資金として貸付けたものであるから、原告は、もとより橘が本契約の締結について被告会社の代理権を有すると信じたものであり、かつかく信ずるについては正当な理由があったというべきである。
よって被告は民法一〇九条もしくは一一〇条ないしは両法条を根拠とする表見代理の法理により本人としての責任を負うべきである。
3.仮に以上の主張が理由がないとしても、被告会社常務取締役訴外栗山巖は、被告会社の社員でもない橘に、被告会社不動産部長の辞令を交付し、また、橘が被告会社の商号及び宅地建物取引業法に基づく東京都知事の被告に対する免許を使用して不動産仲介業務を行なっていることを知りながらこれを中止させず、その結果、原告は、橘が被告会社不動産部長であると信じて、橘に金五〇〇万円を貸付金名義で交付し、後記金額の返済を受け得ずこれと同額の損害を蒙ったものである。
したがって、被告は、栗山の使用者として、右栗山の不法行為によって原告の受けた損害を賠償すべき責任がある。
4.原告は被告から昭和四四年二月二八日及び三月三一日に各一〇万円、同年七月一〇日に三〇〇万円合計三二〇万円の返済を受け、右を先ず本件貸付金の利息分(利息制限法の範囲内)と同年七月一〇日までの年一割五分の割合による遅延損害金に充当し、その残金二五四万九〇〇〇円を元本に充当した。
よって被告に対し、右貸付残金二四五万一〇〇〇円と、これに対する昭和四四年七月一一日以降右完済に至るまで前記約定利息の割合を利息制限法所定の範囲に引直した年一割五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
請求原因各項をすべて否認する。
三、抗弁
原告は、社会通念上、資金調達権限のないこと明白な不動産部長の肩書を有するにすぎない橘に対して融資するのであるから、事前に同人の代理権限の有無を十分調査すべきであり、又貸付方法としても代表者の署名押印ある文書の作成を求めかつ印鑑証明書を添付させる等慎重な処理をすべきであったのにこれらの措置に出ることなく漫然橘に本件金員を交付したものであるから、原告が同人に本契約締結について被告会社を代理する権限ありと信じたとしても、そう信じたことについて重大過失があるというべきであり、従って被告会社は表見代理による責任はもとより使用者責任を負うものではない。
四、抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三、証拠<省略>
理由
一、<証拠>を総合すれば、原告が昭和四三年八月二一日頃被告会社の不動産部長で同社の代理人と称する訴外橘善一に対し、金五〇〇万円を弁済期同年一一月末日利息八〇万円として貸付ける旨約し、同日株式会社三和銀行新橋支店提出にかかる右同額の小切手を同人に交付したことおよび橘による右金員の借入は橘が被告会社不動産部としてなす埼玉県春日部市所在の土地の購入資金に充てるためであったことが夫々に認められるものの、右借受けにあたり橘に被告会社を代理する権限のあった事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができない。
二、そこで次に表見代理の成否について判断する。
1.<証拠>を総合すれば、被告会社は不動産の管理、賃貸、売買およびこれらの斡旋、宿泊施設の経営等を業としており、昭和四三年五月一日頃、当時被告会社の常務取締役代行で、その直後常務取締役となった栗山巖は、橘善一に対し被告会社不動産部長を命ずる旨の辞令を交付したこと、橘はその頃から被告会社ビル四階の被告会社不動産部の看板の掲げられた一室に勤務し、被告会社不動産部長の肩書および被告会社の有する宅地建物取引業法に基づく免許番号の挿入された名刺を使用し、被告会社代表者名で不動産部営業開始の挨拶状を中小企業団体連盟の加入者、関係者ならびに原告を含む自己および右栗山の友人等に発送し、かつ被告会社不動産部名義で不動産売却の新聞広告や分譲地案内の広告の送付をなし、さらに実際に不動産売買の仲介を行う等被告会社不動産部の名称を使用して不動産取引業務を開始したこと、栗山は少なくとも右免許の使用および挨拶状の発送につきこれを諒承していたことを認めることができ、以上の認定事実によれば、被告会社は、本契約時点以前において原告をも含めて対外的に橘に対し被告会社の行なう不動産取引業務の包括的代理権限を付与した旨の表示をしたものと認めるのが相当であり、この認定に反する証人栗山巖、(第一、二回)同相沢敬司の証言は採用できないし他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2.他方<証拠>を総合すると原告は昭和四三年五月頃、橘から、同人が被告会社の不動産部長に就任しその旨の辞令の交付を受けたことを告げられ、それと前後して、前記名刺および挨拶状を受けとったこと、
次いで原告は同人が実質的主宰者であるユニヴアーサル光学株式会社所有名義の大田区南千束所在の土地建物の売却の斡旋を橘に依頼したところ、橘は被告会社不動産部名義で新聞広告を出した上同年六月二八日に至って代金二〇〇〇万円でその成立をみるに至り、原告はその手数料を右不動産部長宛に支払い、その旨の領収書を受領したこと、続いて同人の勧めを受けて静岡県下賀茂郡河津町所在の温泉付き土地を前記訴外会社名義で買受けたが、この際も橘は被告会社不動産部長として右取引に当ったこと、上記の経緯から原告は橘に被告会社の不動産取引に関する包括的代理権があると信じるに至ったこと、さらに本契約に際しては、橘から被告会社不動産部が埼玉県春日部市に宅地を造成して分譲するためその土地購入資金に充てるのに入用であるとしての申込であったので、原告は橘が本契約の締結について被告会社を代理する権限を有することに何ら疑念をさしはさまなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。以上に加えて1に認定の諸事情をも併せ考えれば原告が本契約の締結にあたり橘に被告会社の代理権ありと信じかつかく信ずるについて、正当な理由を有していたものと解するのが相当である。
3.<証拠>によれば、本契約の締結に際し、原告は被告会社に対し橘の代理権の有無等について何ら問い合わせをしなかったこと、本契約は被告会社代表者名義ではなされておらず、かつ被告会社代表者の印鑑証明書の添付もないことが認められるけれども1.2に認定の経緯に照らし右認定事実のみによっては未だもって本契約締結に際し、原告が橘に被告会社の代理権があったと信じたことにつき過失があったとまではいい得ない。
4.してみれば橘による本契約の締結が前記表示された代理権の範囲に含まれるかどうかにかかわりなく、被告会社は民法一〇九条、一一〇条に基づく表見代理の法理により本契約上の債務者本人として原告に対し前記借受金の返還義務を負うものというべきである。
三、そして原告が、被告会社から本件貸付金に対し、三二〇万円の弁済を受け請求原因4のとおり充当したことは原告の自認するところである。
四、そうすると、原告の本訴請求はその余の判断を俟つまでもなく、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木繁 裁判官 荒川昂 裁判官佐藤武彦は、職務代行を解かれたので署名押印することができない。裁判長裁判官 鈴木繁)